Chokoji Temple 長光寺のなんじゃもんじゃ

長光寺のなんじゃもんじゃは推定樹齢500年とされる古木で、横浜市名木古木に指定されている。
昔は珍しい木を「なんじゃもんじゃ」の名前で呼んだ。


新編相模国風土記稿による長光寺の縁起
(小菅ヶ谷村)
長光寺
浄土眞宗(西六條本願寺末)菅谷山醫王院と號す、本尊彌陀(恵心作、長二尺五寸、)古は天台宗にて醫王院と號す、開山を道意と云ふ(寺傳に、意は伊藤九郎祐清の子にて祐清壽永の亂、砥並山の一戦に打死せし後、母に養はれ豆州に在り後當所に移住せしが、父祖の菩提を弔んが爲僧となりて台刹を建て、父が崇敬せし薬師を本尊とすと云へり、其他附會せしこと多くして、寺傳は信じ難し、)其後本願寺三世覺如宗祖の舊迹巡覧ありて當所止宿の時住職了諦其教示を聴て當宗に歸依しやがて改良せり、此時より今の山寺號を稱す、後破壊地となりしが寛永十二年僧善立(正保二年五月三日寂す)中興すと云ふ、舊は良雲坊(開基明見寛文十一年十一月三日寂す)と云へる支院ありしが今は廢せり、
【寺寶】
阿彌陀畫像一軸(親鸞筆、)
光壽石一顆(同筆なり石面に光壽の二字を書せり)
六字名号一軸(蓮如筆、)
正観音一軀(舶来の物にて伊藤祐清の念持佛と云ふ、)
長刀一振
鞍一掛(此二品は伊藤氏所持の具と言傳ふ、)
鐘樓。鐘は寶暦八年再鑄する所なり
薬師堂。文禄元年建つ、今は廢して本尊(文覺作、長六寸八分、)は本堂に移し安ず、これ改宗以前の舊本尊なりと云ふ(新編相模国風土記稿より)



2020年1月13日
横浜市栄区小菅ヶ谷4-1-27





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