横浜公園 ブラントン像

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横浜公園の日本大通り側入口にブラントン像が建っている。


ブラントンと横浜
明治元年(1868年)政府の招聘により来日した英国人土木技師R.H.ブラントンは、開国にともない、日本沿岸各地に灯台を建設する一方、8年間にわたり活動の拠点としていた横浜では、日本大通りや横浜公園の設計を行うなど、近代的なまちづくりに大きな足跡をのこしました。

横浜居留地測量 1868~70
電信敷設 1869
新橋・横浜間の鉄道意見書 1869
吉田橋(鉄の橋)架設 1869
居留地 下水道整備・マカダム式道路舗装・街路照明計画 1869~71
水道計画 1870
築港計画 1870、73、74
新埋立居留地造成設計・施工 1871
中村川拡幅等設計・施工 1871
日本大通り設計・施工 1871
修技校開校 1871
横浜公園設計・施工 1871、72


リチャード・ブラントン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
リチャード・ヘンリー・ブラントン(Richard Henry Brunton, 1841年12月26日 - 1901年4月24日)は、イギリスのスコットランド出身の土木技術者で、明治政府に灯台建設主任技術者として雇われ、明治初期の灯台建設を指揮した。勤務していた7年6ヶ月の間に灯台26(下記の一覧参照)、灯竿5(根室、石巻、青森、横浜西波止場2)、灯船2(横浜港、函館港)などを設計した。このため「日本の灯台の父」と讃えられている。Wikipedia



2021年5月22日
横浜市中区横浜公園

関連

横浜公園
https://masajihamabra4.at.webry.info/202105/article_53.html





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